下田窯について

26年が経ち、当時生まれた赤ちゃんはもう大人になるはずです。26年前、徐(じょ)さんと洪(こう)さんは陶芸の道に足を踏み出しました。

下田窯(シャーティアンヤオ)の成長はおよそ三つの時期に分けられています。下田窯の最初の十年は電気窯期(1987-1996)で、次の十年は電気窯とガス窯期(1996-2005)でした。そして、2005年から電気窯、ガス窯と薪窯(たきぎかま)期に入りました。最初、二人は台北に住んでいて環境に限られていたので、スペースがいらない電気窯しか建てていませんでした。電気窯というのは、陶土に釉薬(うわぐすり)をかけて電気で焼くための機械のことです。そして、十年が経ち、二人は楊梅(ヤンメイ)に移りました。作品の色がもっと柔らかいため、楊梅の家にガス窯を建てました。作品にガスで火という要素を加わりました。時間の流れに伴って、作品の焼き方を変えたいと思っていました。それは薪を焼くことです。その焼き方を使えば、温度は薪を焼いて1200度くらいに上がって、作品をさらに素晴らしい色をつけました。電気窯とガス窯の作品に色を付けたのが違った薪窯では釉薬(うわぐすり)をかけなくても、熱と灰で土の表面をとかすということができます。徐さんは、実家の新屋(シンウ)の下田村(シャーティアンツン)に立てた薪窯に、下田窯(シャーティアンヤオ)という名前を付けました。それは、ただ下田にある窯だからという訳ではありません。二人の二十年以上の陶芸に対する思いや苦労の意味も込められています。

文化大学美術学科の同級生の二人は大学時代に知り会い、恋人になり、卒業後に結婚しました。それぞれ違った理由で二人はともに陶芸の道に進みました。理性的な徐さんは陶土作りは芸術としても、生活のためも、いい仕事だと思っています。一方、感性的な洪さんは二人は同じ五行説の土という元素に属する人間だと思っています。徐さんが電動の轆轤(ろくろ)を用いて成形した茶壺を使えば、甘くて潤いお茶が出来上がります。洪さん手作りのいろいろな動物や人間の姿などは、生命を与えられたように生き生きしています。たまに、創作スタイルの違う二人が協力すると、時折新しい作品模様が誕生します。

徐さんと洪さんがいるこそ、熟成した下田窯はもっと輝いていきます。